心のとげぬき。

境界性人格障害者の被害者のトラウマを減らしたいがためだけにブログをはじめてみました。

ホームレス以下のセロリ

○ホームレス以下のセロリ


高校の時にバスで駅からバイト先まで通っていたのだが、その駅にホームレスがいた。
シートに座ったまま虚空を見つめるガリガリの老人だ。

当然、大勢の人が彼を“存在しないもの”として認識していたし、皆が皆彼の前を早足で素通りした。

私は、よく利用するスーパーで大量のおにぎりが半額になり、売れなければその内に破棄されるのを毎日のように見ていたため、時折買い込んでいた。

母が料理をしないため私はいつもお腹を空かせていた。後に家に帰らなくなりなおさら食べ物に困ったが成人すると何事もなかったように帰ってきた。それでもやはり料理をしなかったが。
そのため私は今でも夕飯を食べないのだが、節約になりとても感謝している。私には給食があったので生き延びれたが、そのホームレスはどうだろう。

平成のこの世に餓死は辛いだろうと、お腹が減ってるかもしれないと店の半額おにぎりを全部買ってホームレスに渡すことにした。
今となってはこの選択が正しかったかはわからない。
だが、過去の私が行動を起こしたことで、今の私へ問うことができたのたから、少なくとも無駄ではなかったとも言える。



いつもは彼の前で足を止めない私も、彼と同じ高さにしゃがみこみ顔を合わせ目をのぞきこんで分かったことがある。

この人、目が見えてない。

はいどうぞ。お腹壊しちゃったらごめんね。でもおいしいよ。

と言うつもりだったのだが、言葉が出てこなかった。

毎日のように見ていた彼のことを何も知らなかったのだと、私は思い知らされた。

濁りきった目ではおにぎりも見えないし、置いとくよ!と言ってもわからないかもしれない。耳も聞こえるか分からない。


「うたたね!バスいっちゃうよ!」友達が私を呼ぶ。
バスに乗っている人を待たせるわけにもいかない。

私は何も言わずおじいちゃんをありったけのおにぎりで包囲してバスへと走った。
あまりおじいちゃんのことは覚えてないが、悲しそうな虚しそうな顔をしていたと思う。
いつでも置物のように表情に変化のなかったおじいちゃんが見せた初めての顔がこれだった。
簡単に言えば、彼は“この世にいないフリ”をしていたのだが、私のせいで“この世に確かにいる存在”になってしまったような。


バスの中で待っていた友達も何故かホカホカと誇らしげな顔をしていた。
いつもは無愛想な運転手さんもいやに穏やかな顔をしていた。


次のバイトの日にもあげようと思ったが、もうおじいちゃんはいなかった。
それまでは毎日そこにいたのに。
食べきれないほどのおにぎりは友達と山分けしたが、どこか不思議な気持ちだった。


彼は物乞いだったのに物を乞わない物乞いだった。

目が見えてなかったとしても、微かに彼の目に光が指したのを私は見逃さなかった。
悲しそうな顔だったが確かに人間の目をした。
慈悲深いような。
神様みたいな。
見えなくても伝わった。そんな気がした。


セロリのことを書き出して彼のことを思い出した。
彼がその後どうなったかは、知らない。

ただ、ホームレスですら私に“もっとよこせ”とは言わなかったのにセロリは常に“もっと愛を寄越せ”と表現していたなあ、と思い出したのだ。


ボダは、私にとって物乞い以下だ。

物乞いと比較するのが間違っているのかもしれない。

物乞いは、感謝するし限度を知っているからだ。
一般的な物乞いは腹が満たされたら何も乞わない。

だが、ボダは満たされることがない。


これを書いていてまた思い出したのでかこう。


セロリは、飲食店バイトで生計を立てていた。セロリの話をうのみにするならば、だが。

「在籍も長いし店の誰よりも仕事をしている」
「他のやつらより一時間でできる作業量も断然違うのにこの時給はおかしい」
「私はもっと金をもらうべきなのに、店長は性格が悪い」
と、会うたびに飽きることなく毎回言っていた。

その時も、
なら転職すれば?と本心で思っていた。
実際に会うたびに、初めて話すかのように同じ話をするので、私はその度に就活を進めていた。あくまで穏やかに、セロリがぶちギレないようにだが。

そして、そのことを直々に店長にいったらしい。
その結果意外とすんなり、時給が上がったらしい。

だが、セロリはここで激怒した。

「こんなに簡単に言って上げられるなら最初からあげろよ」
とも言っていたし
「私誰よりも頑張ってきたのに。なら今までの分も全部出せよ」とも言っていた。

普通なら喜ぶことではないだろうか。

セロリは、とれると思った相手ならいかなる手段を用いても奪うのだ。
相手の立場や関係性、今までの過程などお構いなしで。

業が深すぎる。

ちなみに、あうたびにキレながら「私は頑張っている。割りに合わない仕事だ」と猿のごとくわめいていたので、呆れ果てた私はひたすらに転職を進め続けたのだが、セロリが次についたのはコンビニのレジ打ちバイトだ。

セロリはどこにたどり着くのだろうか。
さすがに、もう正社員できちんとした稼ぎを得ていると思いたいが正直どうでも良い。


周りの人間に迷惑をかけないで、しっかりと生きていてくれたらそれに越したことはない。



その飲食店では偉い人に目の敵にされているとも毎回言っていた。
よくもまぁ、飽きずに同じ内容の話を出来るものだと思ったが、時々微妙に違いがあったりで創作の可能性もあったのだろうなとは思う。


一人だけやたらとセロリに厳しくダメ出しをする女性がいたらしいのだが、この人はボダの本性を見抜いていたのではないかと今では思う。
何かしたわけではないが、セロリにひどく冷たかったらしい。
思い当たる節がまるでないと言うのもおかしな話だが。

「貴方がいると職場の人間関係が成り立たなくなり、皆が困る」と、仕事に関係ないことでキレられた!とぶちギレていたこともあったのだが、ボダの本質を見抜いていたからこその発言のように思えてならない。


人間関係を引っ掻き回すのは、ゴキホイ(セロリに声をかけられたSNS の仮名)でもその兆候は度々あったので、その女性が苦労して悩んだ末の対応だったのだろうな、と思う。
その人のことを、“そこまでいうか?会ったこともない私にそんなに言うか?”と思うほどに敵対していたので、端から見ればセロリはかなり怖い人に見えていただろうな。
職場で注意してもらったら「ありがとう」だと私は思っていたので、言いたくないであろうこと言わせちゃってごめんね、って感じでさ。

私は、自分の方が長くとも、上の人間が新しく来たら全力で“成果をだそう”“この人の負担を減らそう”と思うのだが、セロリは違った。

「私の方が長いのに、正社員だからって何もできないのに指図される。早く辞めてくんないかな」などなど、ネガティブな発言はこの辺にしておこうか。
とにもかくにも、セロリは自分の都合と感情ばかりで遠回しに退職を進められていたが、それに気がつくことも出来てはいなかったということだ。


こういう風に職場の人間関係を円滑にする事も仕事の一部と思えないセロリは、コンビニエンスなバイト生活が最終到達地点なのかもしれないが、そこでも人間関係をぐしゃぐしゃにするならばホームレスの方がよほど立派だと思うのだ。

ホームレスは人間関係を引っ掻き回したりしないから。


また書いていて思い出したので付け足すが、駅員か何かに面接をしにいく予定だと最後にあった日にセロリは言っていた。
確か、改札の人や駅構内のみどりの窓口だったように思う。

ファミレスで「来週面接なんですよ」と言っていたので、適当に返していたら予定帳を見て「やだあ~この日皆とカラオケなのに~」と言い出して、私の目の前で「面接の日なんですが予定ができたので、別の日にかえてください」と、電話をしだしたのだ。
しかもやたらと子供っぽい話し方になって、気味が悪かったのを覚えている。
「カラオケいく友達いっぱいいていいでしょ~」みたいな感じだ。
小学生ではそういう女子もたくさんいたが、歳と共に減っていったし、そういう子は周囲から自然に声をかけられなくなっていたように思う。


ここで私は笑っていたが、腸わたが煮えくり返りそうだった。
むしろ、非常識すぎて笑いが込み上げてきたと言うべきか。

この件で、セロリと会うのは最後になったし、二度と顔もみたくないと思った。

そもそも面接の日は、自分の都合にあわせてセッティングしてもらったらしい。
それをまた自分の都合で変更していただくなど、何を考えているのか全くわからない。

「カラオケはいつでもいけるよね」と言ったが、
「それでも約束は破りたくないんです」と何故かおかしな主張をしていた。

「カラオケオフは前々から企画していたことですし、友達は大切なので」とか言っていたが、企業の気持ちは大切じゃないのかよと、私は呆れ果てた。

「本当の友達なら、その日参加できなくても次のカラオケで暖かく迎えてくれんじゃね?簡単な話、カラオケは次があるけど、面接は相手が時間作ってくれてるんだから、それを無駄にしちゃいけないんじゃないかな」と言っても
「だってこのオフ会はずいぶん前から企画していたことですし、友達を裏切ることはできないです」といった具合で、平行線なのだ。
なら、何でその日に面接を設定したのか本当に頭が悪いとしか思えない。

大方、友達でもなくて次のタゲ候補あさりだろうし、それきりの集いになる可能性のが高いのだから、大人しく面接にいけばいいものの、20代でこんなことをしていたのは私の周りではセロリだけだ。

高校時代とかはまだ仕方なくもないが、生活がかかる仕事のことだろうし、ある程度大人になれば優先順位もわかるはずなのに、本当にボダはどこまでもモノゴイ以下だなと。
プラスにならないのではなく、マイナスになることをするからボダなのだと。

いや、マイナスにしかならない、マイナスになることしかできないのがボダだ(笑)。